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僕と先生とすももの種

かれこれ30年以上くらい前になるが、当時の給食にすももが登場した日があった。その日の5時間目は音楽の時間だった。当時、音楽の先生という担任とは別の音楽の先生がいたが、その音楽の時間は週に一回だけの担任の先生による音楽の時間だった。

だからだろうか、生徒たち全員、どこかリラックスしていた、というのは音楽の先生は恐怖政治に近い、怖い先生だった。リコーダーがうまくふけないと怒鳴り散らし、泣きながら出て行かされた子もいた。プロのリコーダーだから仕方がない。リコーダークラブ、課外活動では、いつも受講生徒が満員状態だった。先生からも生徒からも先生プラス芸術家と認められている、そんな威厳ありあまる教師だった。

スポーツが出来なくても、勉強が出来なくてもリコーダーがその先生のクラスで認められれば、それだけで生徒たちから一目おかれるのだった。それくらい、その先生の音楽の時間は重要視されていた。生徒たちの中には、プロのリコーダー奏者を目指す子もいた。ベートーベンを自覚しているからなのだろうか、シャンプー&リンスをしたことがないような、ロングの髪型でいつも大き目のフケが肩にかかっていたが全然気にしていないようだった。当時、フケを知らなかった女子生徒たちは、先生の頭から発泡スチロールが降り積もっていると思っている子もいた。

さて、担任の音楽の時間は、その先生よりもおだやかなものだった。男性教師だったので、”イカロス””茶色の小瓶”など、どちらかといえばみんなでエイエイオー的な歌をチョイスしてくれた。生徒たちは、3列に並び、最前列の子は椅子に座り、一番後列の生徒は椅子の上にあがる。「よ~し歌うぞ~。」先生はニコニコしながらみんなを眺めた。いつもなら、そのままレコードに向かい、レコード針をセットし合唱となるところだった。

歌うぞと言った先生の目の光が変わった。眉毛はつりあがり、顔は怒りで真っ赤になっていた。ツカツカある生徒のところへ大股で急ぎ足で向かい、突然その子をピンタしたのだ。彼は私の前列だった。一番左側だった。コロンと何か音がした。それは、すももの種だった。なんと彼は、担任の先生の音楽の時間に、給食のすももを口にほおばったまま受けていたのだ。

多分、先生はすももだとは思わずに、大き目のキャンディーだと思ったのかもしれない。かなり大きな種だったからだ。ピンタしてしまったので、先生も自分の興奮を抑えることが出来ず、しかし、キャンディーではなかったからなのか、吹き出しながらも怒り声で「これはなんや!すももの種やないか!パプー」とお笑い芸人のつっこみのように、彼を叱った。もちろん彼は泣いていた。

授業にすももの種をほおばって出席する彼は当然いけない。しかし、一方で彼に対してある意味凄さを感じてしまったのだ。


●給食の時間からは2時間はすぎている

→2時間くらいずっとすももをほおばっていたのか?


●すももの種って、すぐに味がなくなるのでは?


このことから、彼はとてもヒップホップな少年だったのかもしれないと思ったのだった。当時は飴玉なんて、学校で食べようものなら大変なことになっていたはずなので、当然お菓子や飴は食べる事は出来ないし、誰も持ってくる子もいなかった。小学校3年生だったのでまだそんな勇気のある子供はいなかった。つまり、すももの種を授業中に頬張り続けることは、とてもアメリカンスタイルであり、ヒップホップであり、ちょっと悪い子だったのだろう。

そんな彼、先生にいきなりピンタされたらどんな気持ちになったのだろう。そこで、彼の気持ちをヒップホップにしてみた。韻などは全然わからないので、ヒップホップ調な歌詞というところだろうか。


【すももの種】


すももの種 yeah すももの種 yeah


せんせにバレタぜyeah せんせ僕の頬たたいたぜyeah


痛かったぜyeah すもも飛び出たぜyeah 反対側から飛び出たぜyeah


すもも飛んだぜyeah 僕の頬から種でたぜyeah


キャンディーじゃなかったぜ 先生わろてるyeah yeah


種ころがった 僕泣いた なぜなら家にかえったら


すももの種植えたろ思ってたのにyeah 家までもってかえるつもりだったぜyeah


ポケットにいれときゃよかったぜyeah 今度はいつ出てくるかなすももyeah


すももって種ごと食べるんちゃうのyeah 僕食べ方わからんかったぜyeah


種だすタイミングわからんかっただけやyeah 給食当番いつのまにかAhh


いなくなってたyeah   ゴミ袋持って行ったyeah


この種どうしよか迷ったぜyeah  教室ゴミ箱あるけどSaa Pass


母さん生ごみ捨てたらあかん言うたから オレ捨てへんかったぜyeah


だけどどうしよ すももの種  意外にうまいぜyeah 


音楽の時間終わったら帰れるぜyeah


せんせいたたくことないやろyeah 反対の頬たたけば種はでなかったぜyeah


せんせいわろてるyeah yeah


僕泣いてるyeah yeah yeah


すももって酸っぱいぜyeah すもももももももものうち ビギンビガンビガン



しかし、先生以外の生徒達の数人かは知っていた。彼が休み時間にすももの種をみせびらかしていたことを。

「(メルモちゃん、メルモちゃん、メルモちゃんが持ってる)赤いキャンディー青いキャンディー知ってるかい?」最後を歌い終わるか終らないかのうちに、いきなり口からすももの種を出してみせびらかしていたのだった。それを知っていたのは、女子ばかりだった。もちろん、女子たちはノーコメントだ。女子たちがシラケタのは、もう一つ理由がある。彼はなんと、すももの種をみせびらかす数日前にも、同じことをしていたのだった。しかも、すももの種ではなく、カレーに入っていたうずら卵でだった。


当時はクラス全体がにらめっこ状態で、よほど面白くなければ誰も笑わないし、ベタな笑いを取りにいけば、軽蔑のまなざし攻撃を食らうのだった。笑かす側も笑ってもらおうとも思っていないようだった。とにかく、みんなにみせびらかしたい、それだけだった。だから、先生にピンタされ泣いている彼をみた時、ほとんどの女子達もクスクス笑っていた。



両手で頬をおさえながら、泣きじゃくる彼。まるで俳優のようだった。授業のチャイムが鳴った頃には、もう彼の姿は遠く廊下の向こう側だった。もちろん、床に落ちたすももの種もなかった。そうだったのだ、彼は稲妻のごとく、すももの種を拾い、並べられた椅子のすきまをぬって、風のごとく帰って行ったのだった。多分、明日の朝また先生に怒られるだろうと、クラスのみんなは悟ったのだった。椅子の片づけをしなかったからだ。

彼が開けっ放しで帰ったドアからは、冬の寒い寒い風が温かい教室に吹き抜けた。



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