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ニュアンスの難しさ

言葉のニュアンスって、難しいですよね。言った側と受け取った側で、意味を取り違えてしまうと大変ややこしいことになるんですよね。

ハルサは休日の朝の家事を終えた。丁度16時前。ピケロは正午過ぎに起きてきたので、少し寝坊というところだった。ピケロが昼食を食べた後、アフタヌーンティーを飲んでいた時、習い事であるピアノの練習を終えたハルサが、ティータイムの席にやってきた。ハルサは一週間の疲れからか、ピケロにはしんどそうに映った。

ハルサは毎週土日には、フィットネスジムでトレーニングとサウナで汗を流す。ただ、それはどちらかと言えば疲れている自分に鞭うたせて、無理矢理通っている感のあるものだった。二人ともそれを承知していたものの、ピケロは知らぬふりをして、ハルサを見送っている週末の午後だった。

だが、今日はどうもハルサの疲れがひどい感じがしたピケロだった。さらに、ハルサは明日、会社でプレゼンがあるらしく、ピリピリしていた。「洗濯物、入れてくるね。」紅茶を半分飲んだかと思えば、ハルサは大急ぎで席をたった。3日分の洗濯物を抱えて戻ってきたハルサ、時計は16時30分過ぎだった。

ハルサのジムタイムは15時~18時までが2人の暗黙の了解だった。18時を過ぎる場合は、少し遅くなるとハルサはピケロに伝えてから出かける。どうやら、フィットネスジムは19時までらしい。ピケロはハルサにこう言った。「今日はジム行かないの?」「どうしようかな。」「行ってきたら?」「う~ん。」「しんどかったら、無理していく必要ないよ。」「行ってくる。」

こうして、ハルサはジムに出かけ、19時頃帰ってきた。今日はピケロが夕食を作った。夕食のあと、コーヒータイムの時、ハルサはこんなことを言った。

「今日はピケロが無理して行かなくてもいいなんて言うから、しんどくなったけど、ジムに行ってきてよかったわ。」ここから、2人のバトルがはじまる。

「え?僕が無理して行かなくてもいいって言ったから、しんどくなったの?」「え?」「今、そう言ったよね、僕が無理しなくてもいいって言ったから、しんどくなったって。」「そんなこと言ってないよ。」「じゃあ、しんどかったけど、ジムに行ったから、元気になって帰ってきたっていう意味なの?」「う~ん、」「僕が無理しなくてもいいって言ったから、しんどくなったの?」

「あんたなんかの言葉で、私、左右されないよ。」「何だって?」ピケロは意表をついたハルサの意地悪い言葉にますます、怒りがヒートアップする。

「僕は、自分がジムに行ったらいいって、提案したから、もしかしたら君的には、今日はしんどいから、ジムに行くのはよそうって思ったり、いつものジムに行く時間より30分以上遅れているから、ジムに行く気が失せたのかと思っているのだったら、自分が言ったことで強制的になったんじゃないかなと思ったから、無理していく必要はないって言っただけだ。」「私は、最初からジムに行こうと思っていたよ。」

なんだか、わけのわからない展開になっていた。ハルサはジムに行こうと思っていた。だが、ピケロは勝手にハルサはジムに行かないと思ったということになる。ピケロにすれば、自分がおせっかいで、ハルサのジムに行こうという気持ちを摘み取った気になってしまったのだった。

「じゃあ、僕は君になんて言えばよかったんだい?ジムに行っといで、行っといでって背中を押せばよかったのかい?」「そのほうがいい。」さらにピケロは自責の念にかられると同時に、こっぱずかしくなり怒りがこみあげてきた。「じゃあ何かい、僕が君の気持ちを、やる気を失せさせたというのかい?」ハルサは無言だった。ますます険悪になっていった。

ハルサはこう言い直した。「私、最初から今日はしんどかったし、ジムに行く前は毎回しんどいのよ。」「じゃあ、やっぱり僕が言ったから、しんどさが倍増したってことなの?」「そうじゃない。」「じゃあ、君はこういうべきだったんじゃないかい?君はさっき、【僕(ピケロ)が無理しなくてもいいって言った「から(理由)」、しんどくなったけど、ジムに行ったら元気になった】、こう言ったよね。だけど、そうではなくて、【しんどかったから、僕が無理しなくてもいいって言った「けど」、ジムに行ったから元気になった。】、こう言うべきではなかったんじゃないのかい?」ふてくされた様にハルサはこう言った。「そうだったね、ごめんごめん。」

ピケロは、ハルサの意地悪さに嫌気がさしながらも、一方で、自分が言ってしまった”無理しなくてもいいよ”と言ってしまったことで、ハルサのやる気を失せさせていたことに気付いてもいた。

多分、ハルサがしんどくなければ、ピケロが言った無理しなくてもいいよ、の言葉はいたわりに聞こえただろう。しかし、ハルサは本当にしんどかったのだ。しかも、しんどい自分が自分で許せていなくて、しんどい自分と闘っていたのだ。それにもかかわらず、ピケロの無理しなくていいよ、という浅はかな言葉で、きっとピケロのハルサに対する面倒くささの気持ち、つまりハルサが余計に尻込みするような、相手の気持ちを考えない一言を言ってしまっていたことに気付くピケロ。

ピケロは自責の念にかられた。”無理しなくてもいいよ”は、時に人を傷つける言葉になっているのだと。例をあげていえば、嫁と姑、娘と親の例だ。不器用な姑が今日は私が腕をふるってお料理つくるよと言った時、嫁が「おばあちゃん、無理しなくていいから。」とツッケンドンに言うニュアンスだろう。この時の”無理しなくていいから”には、”どうせ作っても美味しくないんだし、キッチンが汚れても、後で片付けるのは私なんだから、あまりでしゃばらないでね、という意味合いにもとれる。

もちろん、受け取り方にもよるが、いい風にとれば、”無理しなくていいからね”は、本当に相手をいたわって言っている場合もある。”無理しなくてもいいよ”は、相手の行動をストップさせる意図を強調する場合もあれば、相手の行動とは関係なく、相手の体をいたわる意味合いがある。

”無理しなくてもいいから”意外にも、肯定的な意味合いと、否定的な意味合いを持つ言葉は多いだろう。今回のように、ピケロは一方のいたわりの意味で使ったにもかかわらず、ハルサはもう一方の否定のニュアンスでとってしまったような、ニュアンスの受け取り方のズレを予防するには、どうすればいいのか?

今のところ、私が見つけている解決法はただ一つ、言い方だ。ピケロはハルサに”無理しなくてもいいよ”と言った時、言葉に抑揚はなかったし、ハルサを見る事なく、テレビを見、スコーンをかじりながら面倒くさそうに言ったのだった。

メラビアンの法則では、言葉は、言葉そのものの意味合いで7%、聴覚的(言い方)なもので38%、視覚的(しぐさ)なもので55%で相手に伝わるからだ。もし、伝え方に自信がない場合は、どちらの意味合いにも取れることを知った上で、肯定的な意味合いだということを添えればいいだろう。


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