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もうひとりの存在

「トリンプさんもねぇ~。」

「トリンプ?」

2人の間に爆笑が起こった。ワオコは爆笑の中でニヤニヤしながら「それ、トランプちゃうん?」ツッコミか説教か分からない言葉を投げかけた。母はどちらかと言えばツッコミを入れられたくないタイプだった。だからだろうか、余計に普段、ツッコミなんて入れないワオコが自称ツッコミを入れるのだから、トリンプ氏の響きには、よほどのギャップが存在していたのだろう。


1か月後か2か月後か、しばらく経ったある日のことだった。

「トリンプさん、」

食事時のニュースを見ていた時だった。画面にはトランプ氏が大手を振って演説していた。

「ト、トリンプさん!?」

ワオコはまた、あの時の爆笑の感覚に襲われた。もちろん、2人は涙目になりながら、爆笑。箸が転がっても笑う年頃、などつまらないことを思いながら、割り箸を置き、熱いお茶を入れて正気に戻す。違和感がないトランプさんもすごいなと思いながら、フェイドアウト。

母は時々ものすごいボケをかまし、周囲を和ませる。その中の1つが、言った後に「間違えた、」と聞こえるか聞こえないかくらいの早口を挟むタイプのボケだ。ワオコはどんなに冷静な時でも、絶妙なボケに爆笑してしまう。まだ恐竜が生きていた大昔、ワオコはゲラだと揶揄されたこともあったが、それは自分が笑やすいのではないく、やはり相手が面白いからだと思っている。

例えば、お友達のお姉さんがとても面白い話好きで、友達と遊んでいたら、やっぱり面白い話をしてくれた。その時、私があまりにも笑すぎるからか、お姉さんはこう言った。「笑いのストライクゾーン、広くない?」それでまた爆笑するのだが、多分当時から、笑いのツボが違ったんだと思う。もちろん、相手が提供してくれる、相手がここが笑いのツボだよと言わんばかりの所は理解していると自負している。そこは、なるほどと思うのだ。それとは別に、人には笑のツボがある。それが多分、意表をついた所だったのだろう。例えば、そのお姉さんの場合、話す前に唇をパッとする癖だったり、面白い話をするのに、目を見開いてホラーの話をするかのような気迫だったり、話しながらサイドヘアが口に入っているのに気付かないふりをしたり。

ある日、洗面台から声がした。「トリンプさんも、」丁度、ラジオでトランプ氏のニュースが報道されていた。「トリンプさん!?」また、ワオコは吹き出しそうになったが、今度は少しためらう。(トリンプトリンプて、トランプちゃうの?(ゆっくり一回転。)トリンプでも、まあトランプは違和感ないけどよぉ~(おばあさんのフリ)、確かにトリンプいう会社もTrimphやっけ、なんかローマ字みたいなん書いてるよな、それにトランプさんも演説で顔が紅潮して、ピンクになってるけれどよぉ~、トランプさんの演説会場の照明、赤いからトリンプのロゴイメージしても違和感ないわよねぇ~、テンテンテンツクルンバルンバ、ピーヒョロヒョロ(盆踊りで部屋一周)、だけどよぉ~、あんまり何回もトリンプトリンプ言うてたら、面白いもんもおもしろくないでぇ~ワシャーワルシャワ条約機構ティ~タラタッタッ(バラをくわえ、ドヤ顔でタンゴの決めポーズで登場))、そんなことを思っているうちに、テレビは終わり洗い物も終わり、コーヒータイムになる。この時、CMで鐘が鳴り響いた。(間違えているのではない、あの人はトランプさんにトリンプさんというあだ名をつけていたのだ。)

ワオコは急に地面が二つに割れた様に思った。そうだ、最初からあの人は間違えてなんていなかったんだ、トランプさんだから、トリンプと言ってもいやらしくならない事も知っていて、面白おかしくあだ名をつけていたんだ。The 脱帽。

壁のような存在として、母という一面だけであの人を見ていた、ということにワオコは強い自責の念を覚えた。バカな私。ワオコは母の心の琴線に触れた様な気がした。



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